2017/09

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30

<< >>


スポンサーサイト

  • -
  • スポンサードリンク
  • -
  • -

一定期間更新がないため広告を表示しています


なにか事件が起きると、ニュースではよくその当事者の人格判断として、卒業文集が取り上げられることが多い。

若くして事故や犯罪被害で悲劇的な死を遂げた人の場合は「将来はボランティアの仕事がしたい」とか「消防隊員や看護師になりたい」という例をよく目にするが、これが凶悪犯だと意味不明な記述の紹介が多くなり、もう20年以上も経っている当時の同級生がおとなしくて何を考えているかよくわからない目立たない奴だった、などわかったようなことを言う。20年もすれば記憶もないのは当然だろう。事件が起きるとすぐにマスコミが卒業文集を買いつけるのは容易に想像できる。

この卒業文集と同じく近所の人へのインタビューも多い。これは被害者よりも加害者の方が多い気がする。「おとなしくてそんなことする人とは思いませんでした」など自分の顔を隠してコメントする人を見ると、お前そんなに知っているんかい?!って突っ込みたくなる。

当事者が正社員にしても、非正社員にしてもおそらく個人情報保護法の影響があったりするのだろう。家にひきこもりの場合だと、ネットのブログやツイッターで人格判断される。僕も要注意だ。

言いたいことは、事件の背景を知るためには犯人像も必要だろうが、四半世紀前の卒業アルバムや、言葉を交わしたこともない近所の人が犯した罪の犯人を勝手にイメージしないで欲しいということ。また僕たちも正確な報道で判断する冷静さが大切ではないだろうか?

なぜ報道するのか?それは再発防止が最優先であって興味本位や勝手なイメージ作りで「ああやっぱり」と勝手なステレオタイプで決めつけてストーリーテリングしてはいけない。






スポンサーサイト

  • 19:27
  • -
  • スポンサードリンク
  • -
  • -


comment









trackback