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<ネタバレと思いませんが、かなり突っ込んだ部分も書いています>

金曜日の夜、六本木ヒルズで単館上演されている(10月より全国公開)話題の映画「監督失格」を観に行ってきた。これはもう映画を観る、という体験より観客ひとりひとりが平野勝之監督とAV女優林由美香の生活に割り込み、最後は林由美香の葬式に参列したような気分になる凄まじい映画だった。映画の終了後、ヒルズの観客は全員黙りこみ、となりのOLは嗚咽し、若い男女はロビーの出口で抱きあってキスをしていた。映画ってなんだ?少なくともこれは莫大な予算のハリウッド映画や一大プロジェクトとしてテレビ局とタイアップするアニメ映画とは全然違う、これも映画だとすれば僕はいったい今まで、なんの映画を観てきたのだろうか?

この「監督失格」はAV監督の平野勝之が不倫関係でもあったAV女優林由美香との交際の日々と、林の急死の一部始終をカメラに収めたドキュメンタリー映画。前半は二人で東京から北海道の礼文島までの二人の自転車旅行がスクリーンに映しだされる。初めての自転車旅行で林由美香はふてくされ、ケンカをしたり、平野監督の妻に嫉妬したりするのだが、始終ラブラブなのだ。AV監督の作品だけどセックスシーンはなかったが、放尿や嘔吐物のシーンは映画に出てきた。しかしそこにも確実に愛を感じるのだ。愛であり人間としての信頼が伝わるのである。僕には平野監督の気持ちが痛いほどわかる。だから痛いのだ。心が痛いのだ。愛が痛いのだ。

きっと僕と同じ(それなりの人生経験を積んだ)男性ならわかってくれると思うけど、愛する女性と一緒になり、裸を見せ合い、お互いを愛撫し、セックスをして、強く抱きしめても、いや愛するからこそ、もっとこの女性と一緒になりたい、独占したい、すべてを受け入れたい、という欲望が湧く。愛すれば愛するほど。もうどうしようもない愛、ある時は狂気さえ感じる愛の痛みだ。これは結婚した夫婦の日常なんかよりも、もっと非日常的な抜き差しならない恋愛の時に感じる感情なのかもしれない。そいつをただの「ラブ」とか「愛している」なんて表現するにはあまりにも無理がある。いっそメチャメチャにしたい。狂ってしまいたい。愛による破壊、愛の臨界点と表現しようか。この「監督失格」を観て僕はこの性愛以上のどす黒いものの正体がなんとなくわかったような気がする。

やがて平野監督と林由美香は別れ、林には年下の彼氏が出来る。それでも由香里は平野を苦楽を共にした「元彼」だからそこ頼られるお友達として信頼し、時々相談し、愚痴をこぼす。それを柔軟に受け入れる平野監督、しかし実は平野監督はひとりもがき、映画も満足なものができなくなる。迷う、苦しい、痛いのだ。愛の強さが強ければ強いほど、苦しみも大きい。この時の平野監督の気持ちも僕は痛いぐらいわかる。

後半は林由美香の突然の死から始める。林由美香の急死現場に平野監督と由香里の母が立ち会うのだ、カメラを持って。生前北海道旅行の時の彼女の平野監督に向けられた「幸せだよ」は、だから自分に対しての存在理由の再確認に聞こえてしまう。この映画のもう一つのテーマは家族。それもチンケな家族愛とは違う、幸せになれない母と娘の心の奥から吐き出される愛だ。AV女優という職業だって(だからこそ)由香里の願いは悲しく切ない。急死現場の母親の取り乱すシーンには母親の愛がバシバシ伝わって僕はそこで鳥肌が立った。テレビや新聞で東日本大震災の死者15,645人と書かれても、実はそこにはひとりひとりの人生が15,645個分あるのである。

由香里の死後、平野監督は映画が撮れなくなる。どうしようもない大恋愛、身近で大切な人を失ったり、自分もダメになってなにもかもがイヤになったことがある人にはよくわかるだろう。両親や大好きだった先輩、親友を亡くした僕にもこの気持はよくわかる。そして平野監督はこの「監督失格」という映画を苦しみながらも完成させることによってやっと林由美香も成仏されたのではないだろうか?

素晴らしい芸術とは見た後に、必ず自分に何か感動を与えてくれる。音楽、美術、映画、小説。昨日までと違った何か、明日を生きぬくスパイスを与えてくれる。ドロドロとした性愛以上の愛の先には死があり、その死と向かいあえるかで再び愛が問われ悩み苦しむ。裸やセックス描写などAVを超えたドロドロの人生のAV映画。これを「人生」とか「生きる」なんて安っぽい言葉で言うのはこの映画に大して失礼だ。そして僕は正面向いてこの映画に向かい合い、自分自身に明日から問いかけてみたいとおもう。

六本木ヒルズに行くまで、きっと映画館では昔、林由美香にお世話になった往年のAV好きのオッサンが多いかな?と思ったら、予想以上に女性も多く、また客層も若かった。僕はこの映画を特に女性の方に観て欲しいと思う。でも僕には最後の矢野顕子の曲は不要に感じた。あのままブツっと終わってくれた方が救いようがなくてよかった。林由美香は死んだのだから。

最後に、この映画を見て平野監督のことをかっこ悪くてダサくて、ダメな人間だと思ったら、それがなによりものこのダメ男をかつて愛した林由美香への鎮魂歌(レクイエム)のような気がしてならない。

林由美香よ、安らかに眠れ。


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