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元旦から連載されていた毎日新聞の30代をテーマにした「リアル30’S」が面白かった。

まとめ記事がここにアップされている。

記者の目:連載「リアル30‘S」を取材して=水戸健一 - 毎日jp(毎日新聞)

派遣切り、追い込まれた退職。「努力しても報われない」「誰もが幸せになれた時代が特殊だった」と自嘲するコメント。

記事を引用する。

労働を生きがいにできた時代と異なり、今は働くことで充足感を得にくい。働くこととは別に充足感を模索しているのに、はた目には「自分勝手」「努力が足りない」と映る。だが本人たちも、「働けばすべてが得られる」以外のモデルが示されていないから、悩んでいる。

 「別の選択をしていたら」とか、「今後は選択を間違えられない」という不安感とも緊張感ともいえない感覚。それこそが、30代の抱える生きづらさの正体だと思う。年配世代の多くは、仕事が定まらない30代の若者にいら立ちを感じている。だが、彼らにこう尋ねてみたい。

 「今、この社会で30歳として働いてみたいですか。昔と同じ生き方で幸せになれるでしょうか」

昭和の高度成長から90年初頭までの時代は働くことが生きることであり、それ以外のモデルはなかった。殆どの人が働き8割が中流と自覚してみんなで坂を登り続けた。

世界は広い。宗教や部族で殺し合いをしたり、秘密警察に密告して我が身を守社会もある。宗教や民族間の対立も少なく、今や大学全入時代と言われる日本。ある意味で「働くこと以外にモデルない社会」は平和な日本の象徴だったかもしれない。

少子高齢化、債務超過、政治の不在、立ち直れない放射能汚染とエネルギー問題。円高、デフレの日本経済が凋落し、三流国家に成り下がった時に働くこと以外のさまざまなモデルが現れるとしたら、あまりにも皮肉ではないだろうか?

「あなたはもう一度大学生に戻って就活したいですか?100社エントリーできますか?」「30歳に戻って今の日本で働きたいですか?35年ローンを組んでマイホームを望みますか?」

今一度自分に問いかけてみたい。


 今日はいい天気だ。外はまだ寒いけど、それでも風が弱くてうららかな春の陽。

布団を干してベランダでぼんやりしていたら、なんだか鳥のように飛んでみたくなった。もちろん僕には羽はないから飛べないけど、でもふっと鳥のように自由に飛べたらなあ、って。

これは肉体だけでなくて、精神もきっとコチコチになっているから、もっと柔軟になれたら、と、もっと気軽に生きられたらなあ、って。

そんなことを書いていたら、NHKの正午のニュスで今朝も各地で冷え込みと報道していた。
うちは陽あたりがいいと暖房いらないから助かる。

春はもうそろそろ。待ちどうしいですね。



昨日、親友とちきりんの紀伊国屋ホールでの講演に行きました。
 
豊かであることは多様であること」正解は一つではない今の世界。自分のアタマで考えることが大切。それが多様な世界への第一歩であり勇気を持つこと。

大切なのは自分のアタマで考えること。
そして我々は自由だということ。

今年はいろいろありました。いいことも、悪いことも。
・・・また詳しく書きます。


 ちきりんの「自分のアタマで考えよう」にも書かれていたが、現在の日本の大企業で出世するには大きく分けて2つの能力が必要だ。「空気が読める力」そして「我慢強さ」だ。
うーん、これには賛成と言わざるを得ない。大企業や公務員など昭和の時代から繁栄している業界は特に、だ。

空気が読めても我慢ができなければ、とっとと辞めてフリーランスになるだろうし、
我慢ができても空気が読めなければがんばるだけでワーキングプアとなる。
もちろんどちらも適正がなければ職業人失格でニートとなる、というのは少々きつい表現であるけどなるほど正しい。

日本の大企業は最近ますますコンプライアンス重視とかで建前ばかり重視するようになり手続きや書類作成に莫大な時間を要する。こんなことではアジアの企業に勝てないことは薄々みんな感づいているけど、でも分厚い福利厚生や給与待遇や天下りに満足して席を離れようとしない。手段が目的となり、「私がんばっています」の大合唱となる。

でも元ソニーや元電通などの人は離職してからも肩書きで勝負しようとするけど、辞めてしまえばただの人である。熾烈な社内人事政治に明け暮れても結局その大組織の中で何を学んだかが大切なのだ。なにができるか、どんな人脈があるか、だ。

Amazon.co.jp: 自分のアタマで考えよう: ちきりん, 良知高行: 本

元経済産業省官僚で国会で仙石官房長官から恫喝されたことで一躍有名になった古賀氏は霞が関は人材の墓場と断罪した。

あなたの職場は大丈夫ですか?健全な議論ができますか?話し合える同僚はたくさんいますか?


 「女性の求める年収600万円の男性が結婚適齢期の男性の4%しかいなくなってしまった」ため「もし女性が男性にモテたいと思ったら、相手に『セックスできるのではないか』という期待を持たせるのが一番簡単な方法です」(勝間和代)

・・・だそうです。僕は勝間さんの初期の会計本を何冊か読んで感銘をうけたり、たまたまたですが直接お話を聴く機会もあったのですが、ちょっとショック。なんかどんどんマスコミに消費されていく、あるいは自らの意思かもしれませんが、早くまた会計や金融の本を書いてもらいたいと思います。

「男にセックスできるのではと思わせる」 勝間和代の「簡単にもてる方法」




 ある大学の1年生の授業で、学生に格差社会についてのレポートを出したところ、四国出身の学生がこう書いた。

「私の地元には予備校なんてなかった。本屋さんも駅前の本屋さんがある程度だ。そしてそれがずうっとあたり前だと僕は思っていた。東京の大学に合格し、上京し て驚いた。まず至る所に予備校があるのだ。本屋に行けばどうだ、参考書や辞書がそれだけでいくつもの書架に納められて、売り場だけでも気が遠くなるほど広い。そんな本屋が至る所にある。いくらインターネットの時代とはいえ、書店の平積みの力はそれだけですさまじい説得力があり、時を忘れて読みふけってしまう。(彼はジュ ンク堂のようにイスが設置されているお店にも驚いたことだろう)。私の育った場所とは同じ国とはとても思えない。東京の奴らは子供の頃から持っている武器が違うのだ。 これこそ格差だ。僕達はだまされていたのだ。」

このレポートを読んだ教員はそのあまりの正直な吐露に言葉を失ったそうだ。

よく「サラリーマンなんかになりたくない」とか「自営と違って税金はガラス張りだし損だ」とか言われるが、はっきり言うが今の日本では大都市のサラリーマ ン、OLでいるのが一番楽なのだ。これは首都圏で長くサラリーマンをやってこれたボンクラなダメ社員の僕だからはっきり言える。大都市のサラリーマン、 OL中心でこの国のシステムは設計され、多くのビジネスモデルは成立しているのだ。だからこそみな大都市を目指すのだ。

大都市の会社に就職し、大都市近郊に住む。やがて家庭を持ち、子供を育てれば、その子達は当然その環境が当然と考え、裕福な家庭はお受験に向かうだろう。そして格差は固定さえ、階層社会を生むのだ。

レポートに書かれていた「僕達はだまされていたのだ」はあまりにも痛い。
日本のエリートが大都市しか知らない人間で構成されていいのだろうか?
教育の格差はやがてさらなる地方間格差を広げるのだ。


 「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら」を読んだ。物語の展開上仕方がないが、高校生としてはありえないほどスキルの高い女子マネージャーが偶然ドラッカーを読むという本で、ディテールは突っ込みどころ満載ですが、こなれている本でした。でも大切なのはドラッカーを読むことではないのです。読むだけではダメ、なのです。

この本は違うけど、ところで、なんで先生と生徒が登場する解説本って、先生が白衣着て「OOなんじゃよ」と話すんだろう?しかも生徒役の男の子はおっちょこちょいで、女の子の生徒はしっかりもので仕切りが抜群にうまい。あの先生役はお茶の水博士がモデルでしょう。

と、久しぶりのブログ更新。今度はもっと真面目に書きます。
失礼しました。


*すいません。「就職に夢を求めるな。(パパの背中を見ても答えは見つからない)」は島しばらくお待ちください。

さて、今日はtwitterでつぶやいた読書に関するつぶやきをここのご紹介します。


「読書」って生活習慣だとおもう。さらにいえば私は「読書」という言葉が嫌いだ。なんか陰気で静的なイメージしか浮かんでこない。もちろん読書は大好きなんだけど。

本当の読書好きなんて1割だとおもう。3割から4割はベストセラーや話題作になると趣味は読書です、といって読む人。残りの5割は本とは無縁の生活を送る人だとおもう。それでも日本人は世界でも読書好きと言われている。事実アメリカ人は本を読まない!テレビが大好き。ドイツ人もそうだった。でも、欧米人、中国、インド、アジア人もインテリ層は死ぬほど本を読んでいる。

ほんの1割の本好きのガリ勉くんや先生が押し付ける恐怖の読書感想文。この罪は重いと思う。いや、たしかに読書好きの人が感想文で自分は違うステージにいるのよ的なステータスを見せ付けたいのは理解できますよ。でも幼少期のこのトラウマこそ読書嫌いを増やしているとおもう。

つまらない本でも最後まで読む、この苦痛も読書嫌いを増やす要因ではないだろうか?

「読書」の目的は、僕の場合は情報を得ることと、感動することと、暇つぶし。この3つだ。みんなは難しく考えすぎていると思う。なぜ携帯電話が電車内のマンガやスポーツ新聞を駆逐したかの理由は、暇つぶしのツールが変わったから。キンドルのカギはここだと思う。

本や雑誌、新聞の再販制度がなくならない限り、本を読まないオーディナリーな庶民から支持を得られるのは難しいのではないだろうか?キンドル上陸前夜の今こそ、自由競争で本の持つコンテンツの面白さをアピールするチャンスだとおもう。既得権益や法律を振りかざしたら負けだと思う。

本を読まない親のもとでは、読書好きの子供は育ちにくい。もうすぐ雑誌を読む習慣を持たない子供たちが入学しますよ。もう一度言うけど、読書とは生活習慣に他ならない。

雑誌の役割って「情報を得る」「暇つぶし」だと思う。携帯やネットの出現で売れなくなるのはだから自明。ファッション誌やトレンディ系雑誌はまだ根強く売れているそうだが、なんだかわかるな。

アマゾンのキンドルで、紙の本はなくなるか!とか騒がれているけど、日本では出版業界の圧力で世界の電子化に乗り遅れると思う。その結果、さらに本は売れなくなると思う。J-POPのないiTunesを想像してください。

「最近の本はつまらないね、くだらないね」なんて大嘘です。実はベストセラーなんて昔から”くだらない”のです。慶應2年から平成20年までのベストセラー。 

慶応2年から平成20年までのベストセラーをリストにしてみた 読書猿Classic: between / beyond readers

ベストセラーの変遷を見ると、学生時代の先生や恩師の年代がスライドしているのがわかる。すなわち、教師が若い頃読んだ本を、自分の受け持つ生徒や学生に勧めているのだ。知の継承、かな?


JUGEMテーマ:読書
2009年8月10日・17日号の日経ビジネスは「世代交代」がテーマ。たしかに、今の日本には既得権を握っている正社員の雇用を守るために若者の採用を厳しく制限したり、高度成長を味わったことのある今のジジイの成功体験に縛られてちっともチェンジできない会社ばかりだ。もちろん今、懸命にメディアで取り上げられているユニクロ、マクドナルド、餃子の王将(笑)、任天堂など一握りの勝ち組はあるだろうが、それらは極めて希だ。

その記事の中で東京工業大学教授(生物学)の本川達雄先生のコラムが秀逸だった。
「団塊の世代は、邪魔せず謙虚に生きよ」というタイトルだ。ここに一部引用する。

『人間の欲望はきりがない。現代は長生きしたいとか、いつまでも働きたいといった時間に対する欲望は増大し続けている。

そこで問題なのはものすごくカネがかかるということ。今の年寄りの医療費は、病気とは言えない。もともとガタガタになっているのが普通の状態なのに、病院に行く年寄りの医療費を国としてカバーする必要があるのか。(中略)

高齢化社会とは、年寄りの時間に対する欲望にカネを払う。それを社会保障ということで若い人からカネを搾り取るのはフェアではない。若者が結婚できない、子供を産めない、非正規社員が仕事を失うという社会は、年寄りが権利を主張して若者をいじめていることにほかならない。

若者が団結して若者党を作り、年金支給を半額にすると主張して、若者がみんな投票に行けばいいのに、なぜそれをしないのか。年寄りを敬うべしという儒教の精神はあるが、こんなに長生きした年寄りは敬う必要はない。(中略)

僕ら団塊の世代は上の世代に仕えてきた。だから今度は自分たちが仕えてもらう番だとその権利を手放そうとはしない。でも団塊の世代は多すぎて、国を食いつぶすほどの大きな負担になる。だからそんな権利は最初からないんだとあきらめて、放棄すべき。60歳を過ぎた人生は、おまけの人生なのだから。(談)』
〜引用終わり〜


今、日本で起きている問題の根源には少子高齢化が関わるのだが、これの抜本的な解決はない。人は突然増産できないし、日本人の輸入も不可能。同じく老人をいきなり減らすことも絶対にできない。海外からの労働者の受け入れで少しは改善するかもしれないが、文化、治安、選挙権、など国民のアレルギーがとても強い。40歳以上の日本人はみんなバブルを知っている。心のどこかで「あわよくばまたバブルが・・・」とか「そんな事言ってもGDP世界2位でしょ?」と言っているが、数年後にはその座も中国に抜かれる。

団塊の老人は自分が若かりし頃、みんなに尊敬されていた老人になれると思っていた。しかし日本全国でそんな老人の数が多すぎるのだ。老人だらけの国なのだ。そして老人は金がかかる。これから30年後、どう考えても日本は大介護時代に向かう。絶対に向かう。今だって新聞、テレビ、ラジオは老人世代が占領し、それらのメディアから若者文化はみじんも感じられない。雑誌もそうだ。この閉塞感はどうだ?

日本航空(JAL)の経営が危ない。このままだと1年、いや半年も持たないのでは?と言われておりJALの経営改善計画策定に外部の意見を反映させるための有識者会議が開かれてた。原因はいろいろあるだろうが、バカ高い退職OBの年金も原因のひとつだ。米国GMの破綻の際も、OBのバカ高い年金が話題になった。突きつめれば、それは既得権者とそれを支払わないといけない現役世代の対立であり、だからこれは今までの甘っちょろい世代間対立とは違う。決定的に違うのだ。イスは少ししかない。すでにそのイスには老人が座っている。「努力がたらん」「私の若い頃は」老人は言う。
さらに数少ないイスにやっと座れた若者は座れなかった若者を侮蔑する。侮蔑することで自分は紳士サロンに加入できた優位性を確認するのだ。

「まあいいか。どうせ国の赤字はすぐ払うもんじゃないし」という現政権の安易さ
「勝ち取った権利は死んでも手放さない」という既得権者の頑固さ
日本の閉塞感はどんどん高まった。

いかに潔く既得権を手放すか。僕もいずれ老いる身だ。このことについてそろそろ考えてもいいのかもしれない。

★★★★★


ネット時代のカリスマ、「勝間和代の日本を変えよう」を読んだ。

Amazon.co.jp: 勝間和代の日本を変えよう Lifehacking Japan: 勝間 和代: 本
勝間の本は出す本出す本ベストセラーで、うちの大学でも人気が高い。 本を書くよりも、どうやって売るのかに5倍苦労している、という彼女の魅力はとにかくポジティブでわかりやすさに徹しているところ。

数字を多用してキャッチーな言葉で説明する内容はたしかに(お勉強をしたい)学生やOL、サラリーマンの人気が高いのはわかるし、都内の移動は自転車を使い、20歳のなる娘さんをはじめ3人のお子さんを育てる姿は凛として美しい。

この本は前半は西原理恵子との女性の社会進出問題についての対談集と女性進出と子育てについての勝間の解説、後半は雨宮処凛との若者のワーキングプアについての対談と勝間の解説という形で構成されている。

勝間も当事者である男女共同参画に関する前半は僕など男性にとってはまさに目から鱗、とにかく勉強になることばかりで面白かった。「私の本の中でも男女共同参画に関する本は男性がまるで興味を示してくれないから売れない」と本の中でも書かれていたが、いやはや男性こそ前半部分は読んで欲しいと思った。知らないことを知らしめること、まさに勝間の面目躍如の良書である。

反対に後半は単調。勝間自身も「私は中学から慶應義塾だから、周りに仕事がないという人は正直いないんです」とあっさり告白しているように貧困問題には当事者意識が希薄。ああ、勝間さん、やっつけ(それでもきっちりまとめているのはさすがである)てるなあ、と感じ読みととれてしまった。この前半と後半の温度差が勝間の正直さを感じて面白かった。後半はおそらく多くの人の興味を引くのであろう。計算されているなあ・・・。

それでも勝間の最大の魅力は現代日本の40歳以下の若い世代(アンダー40)の味方だからだと思う。勝間は40歳、ちょうどその間なのだ。これは推測だが勝間のような女性が大嫌いなオーバー40の男性は大勢いると思う。オーバー40の女性だっているだろう。彼女以外でも城繁幸や池田信夫など最近の若者の労働問題に関して、オーバー40世代の雇用を守るために若者が犠牲になっている、ということを主張する論客が増えてきている。僕もまったく同感。「会社は家族。我が社は一人も首切りをしません」といって新卒を5年以上採用しない会社のどこが家族主義なのか?等々・・・

僕もどう考えてもアンダー40世代って大変だと思う。日本で一番人口の多い莫大な数の団塊の世代。団塊の世代は日本を「支えてきた」世代から「支えられる」世代になるのであるのである。そして団塊の世話は必ず彼(女)たちに押し付けられる。15兆円の経済対策のツケもそう。もっと怒れ、必ず選挙に行け、行動しろ、団結しろ、と思う。本当に思う。

・ここでは団塊に世代に関して城繁幸さんの厳しい意見が書かれています。

経済成長という病 - Joe's Labo

↑『要するに、さんざん食い散らかした後で、遅れてきたヤツもこれから参加予定のヤツも含めて「みんなで仲良く割り勘にしよう!人類みな兄弟!」って言ってるようなもんだろう。バブルからゆとり世代までひっくるめても、今の日本にこれほど厚顔無恥な主張があるだろうか。』

どこぞのキャスターのようにオーバー40世代の味方ヅラして楽な仕事をしないで、若者をお勉強に導く・・・。それはきっとその方が勝算あり、と計算したからかもしれない。

このクールさが本音が多く信号のない横断歩道と言われるインターネット時代に受け入れられたのではないだろうか?

★★★★★