2017/07

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貴方の職場や家庭でこんな人いませんか?

部下や同僚、家族がインフルエンザにかかると、やれ「根性がない」「自己管理ができていない」「今時、予防注射していないのか?(自分はしていない)」とボロクソにいうくせに、自分がインフルエンザにかかると「今年は大流行らしいな」「いやーもう高熱で死ぬたと思った!」「お前もなってみろよ(やだよ)、とにかく苦しんだぞ」「なんでお前はひかないんだよ!」という人。

自分の痛みは強調するくせに、人の痛みにはまるで気づかない人が多すぎます。そもそも人の痛みってなんだ?なんて人さえいます。

反対に弱っている時にそっと声をかけてくれる人、声をかけなくてもそっと案じてくれる優しい人もいます。人間の価値観って案外こんな所じゃないでしょうか?

自分が正しいんだと、自分の価値観を押し付ける人は苦手です。だったらもっとかっこよく僕を嫉妬させてください。

僕は弱い人や相手の痛みがわかる苦労人が好きですし、自分もそうなりたい、それしかなれないと思います。そんな人たちと支えあって、この困難な時代を生きていきたいのです。






 お祭りというのは年に一度だから盛り上がる。非日常的な晴れの日だ。

いつもいつもお祭りだと盛り上がらない。一年にその期間、その日だけの限定だから日ごろの鬱憤を晴らして盛り上がる。

でも熱狂的に盛り上がれば盛り上がるほどお祭りが終わった後の淋しさはたまらない。また明日から普通の日。労働の日。電車通勤の日。まるでお祭りなんてなかったようにみんなは家路に急ぐ。

なんかさみしいな。悲しいな。やるせないな。








短い期間でしたが、お父さんが自殺した娘さんと一緒に仕事をしたことがあります。狭い職場ではやはりそんな話はすぐに広まるもので、なんとも言えず複雑な気持ちになりました。

中学の時の同級生は大学受験に失敗し自殺しました。他にも知人で自殺した人が複数名います。実は僕も真剣に自殺を考えたことがあります。日本は年間3万人以上の自殺者がいる国です。7対3と男性が多く、1998年以降急増しているのも40歳以上の男性です。最近では若者の自殺も増えつつあります。さらに大震災の影響はまさにこれからだとも言われています。

過去の統計では、3月の月曜日が一番自殺者が多いと自殺対策のNPOライフリンクの清水さんもおっしゃっていました。今年も年度末が近づいています。

病気にせよ、事故にせよ、災害にせよ、自殺にせよ、人の死は重く、取り戻すことができないものです。自殺のことを自死と表現する人もいます。僕はそれについてはあえてなにも言いませんが、どう表現されようとも、残された遺族の人生は続きます。

「あなたもGKB47宣言!」というネーミングが問題になっています。
この最悪な名前が残された遺族への追い打ちにならないよう祈ると共に、ライフリンクなど自殺問題に地道に対策活動されている方へのがんばりに敬意を表したいと思います。

最後に清水さんの素敵な言葉で今日はおしまいにします。

「共に、この時代を生きていきましょう」




「なんだよ、教師だよ?公務員だったら君が代国家斉唱に従うのは当たり前だ。嫌ならな辞めろ」

そんな意見、結構多いです。僕も私大に勤務していますが、公立学校勤務の公務員ならば思想信条的には複雑な思いはありますが、石原慎太郎や橋下徹の首長の支持に従うでしょう。

でも、もし別の思想信条を押し付けられたら、それに従わないと解雇になるような出来事があったらどうでしょうか?例えばアメリカの大統領選挙で必ず争点になる同性愛、妊娠中絶の是非です。これらは宗教的な意味合いが強いもので、必ず選挙のたびに踏み絵のように問われます。

これらの宗教的な思想信条まで踏み込んで従わないと「解雇だ」と言われたら僕はノーです。
日本には宗教の自由がある、あるいは公務員だったら君が代国家斉唱に従うのは当たり前だ、など表面だけで考えるのは危険ではないでしょうか。

大切なのは自分のアタマで考えること。都知事の命令だから、市長が従えといったから、そう言って何も考えず、ソルジャーのように従うのだけは御免被りたいのです。


中日の落合前監督は試合中ベンチでは一切無表情だった。
退団後、落合はこの理由をこう語る。

「選手はベンチを見てる。怒ってる姿を見せたら、あいつら体動かなくなるから」と語りつつ、「それでなくても、そういう野球を中日はずっとやってきたわけでしょ。過去の政権で。戦う人間はこっちじゃないよ。お前ら何しでかしたって別に怒りゃせんから。そのかわり、勝ち負けの責任は俺がとる。(個人の)成績良い悪いは、お前らが
責任とれよ。そこはフォローしないぞ。だから、グラウンド行って戦ってきなさいって」

過去の政権とはおそらく燃える男、星野仙一のことを言っているのだろう。しかし落合監督時代の中日は12球団一練習が厳しかった。僕はいわゆるミスタープロフェッショナル、職業人としての鏡だと思う。落合はマスコミ受けが悪く、観客動員数もあまりよくなかった。スポーツ観戦につきものの燃えるものが感じられないのだ。しかし滅法勝負には強くBクラスは一度もなかった!

一方の闘将、星野仙一。
彼が現役投手の時、ピンチを迎え監督に救援を仰いだ。もうダメだ、と。当時の稲尾監督がマウンドに行き、星野に直接確認する。

「もうアカンです。限界です」
「そうか」

やがてピッチャー交代を告げると、突然、憤然とベンチに向かったかと思うとグラブを地面にたたきつけた。唖然とした稲尾監督は星野に真意をただすと、星野はこう言い放った。

「稲尾さんはまだ名古屋にきたばかりで知らんでしょうが、私は燃える男といわれとるんです。どんな状況でも弱気なところは見せられんのです」

僕はこの星野の行動も理解できる。星野も自分の商品価値をよくわかっているプロの野球人だ。
星野は選手引退後、中日と阪神の監督を歴任しながら、現在は楽天の監督だ。
彼はベンチでは怒り、褒め、時に選手を抱擁したりもする。これがファンにはたまらない。マスコミも取り上げる。しかし選手は絶えずベンチにいる監督の眼を気にするようになる。これを落合は嫌ったのだ。

どちらの監督がいいのか?
それは選手によるだろう。初めは星野型でコントロールし、やがて自主性の落合型で自分のアタマで考えさせる、そんな組織がいいのかもしれない。興業として捉えたら星野の方が優秀なのかもしれない。おそらく日本の場合は星野型が多く望まれるだろう。

しかし本当に選手の自主性を促すならば、落合の方が大人だ。おそらくこれからの社会では落合型のクールなボスが増えるだろう。

僕は落合型ボスを想定して組織人として行動することを薦めたい。
(現役でもOBでも)サラリーマンやOL、あるいは個人事業主や学生のみなさんはどう考えますか?どちらのボスの下で働きたいですか?

ちきりんなら回答は自明だな(笑)。


今夜のNHKの震災失業に関するドキュメンタリーを見ていろいろ考えさせられたのだが、この話題はまたいつか書こうと思う。

さて、僕には「人間なんていつ死ぬかわからない」と信念のようなものがあって、例えば仕事でも明日死んでもいいように情報は公開し、私物などごちゃごちゃさせないようにしている。

いつも万が一を考えているのだが、どうもそうした人は少数のようで、たまに後輩から「マジですか?」と怪訝そうな顔をされる。

同じく、楽しみは先送りしない、というのも僕の信条だ。もう少し我慢すれば、とか別に今じゃなくてもいいじゃないか、と思いがちになる時もさっさと楽しむ。ある時を境に僕の人生観はk変わった。自分はどちらかと言えば節約志向で、浪費癖はない方だと思うからこそ言えるのかもしれないけど。(実際年末年始でおそらく5千円も使っていないのではないだろうか?)

アリとキリギリス、時にはアリも楽しみを味あわないと生きていけないぜ。

同じく、楽しむときは徹底的に楽しみ、悲しい時はわんわん泣くようにしている。喜怒哀楽のある人生って人間くさくて素敵じゃない?

カッコつけたり、倫理観念に縛られたりしないで、一度しかない人生、自由に生きていこうと思う。それが僕の快楽宣言、かな?(笑)。










今年の目標です。

まず自分のアタマで考える。
多くの人たちと語りあうなど行動する。
そして自由に生きる。

今聴いている曲 : The Hardest Walk - The Jesus And Mary Chain


今聴いている曲 : Time - Pink Floyd

おせち料理も、年越しそばも、紅白も、ゆく年くる年も、開けおめコールも、お年玉も、お客様も無縁の正月。


あさってまでネットが使えない。退屈だから読書でも、と思っていたら、正月そうそう体調を崩してしまった。

救急車、医者は休み、孤独死。いろいろなことを考えてしまった。

でも、なんとか回復、というか生きている。

今聴いている曲 : You Can't Always Get What You Want - The Rolling Stones



 大晦日です。今年もありがとうございました。

でも今年に限っては、日本は3月11日を境にずっと非常事態が続いていて、正直、今年という区切りを今日でつけていいのかわからなくなる時があります。年賀状に「謹賀新年」、年が明けたら「おめでとう」、今年はそんな気分にならないのは僕だけでしょうか?

仕事は新年度から図書館司書から情報環境の仕事に人事異動になりました。はじめは新しい仕事ばかりで覚えることが多く、慣れなかったけど、インターネットの時代だからこそ書籍の重要性があらためて実感できました。また教育、いや人生で一番大切なことは「意欲」ということも今さらながら実感しました。

プライベートでは夏に素敵な方と恋に落ちました。彼女を元気づけさせようとしても、結局、励まされるのはいつも僕の方で、こんな気持になったのは初めてです。愛することよりも愛される歓びを初めて知りました。素晴らしい人です。今でもその人のためなら、と思いますが、僕のせいで彼女は静かに去ってゆきました。失ってから気づくのはいつものことです。その後体調を崩してしまい最近やっと元気になりましたが、孤独になりました。

来年の抱負なんておこがましいけど、来年はもっと真面目にブログを続けます。失うものはないからカッコつけなくて自分をさらけ出し、少なくとも見聞きしたインプットと同じ量だけのアウトプットを書こうと思います。やはりどんなに下手な文章でも文章を書くのは楽しいことです。

最後に今年もみなさまにはお世話になりました。
輝ける年をお迎えください。

今日はずっとラフマニノフばかり聴いていました。今年最後の曲も、新年最初の曲も、このピアノコンチェルトになりそうです。