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 橋下市長の維新の会の勢いが止まらないが、日曜の朝日新聞の橋下市長のインタビューが面白かった。基本的に彼は市場原理主義。市場に任せて、競争力で活力を生み出せ、という考え。
そして教育を見なおさないとアジアで置い残されると力強く語る。

石原慎太郎も橋下市長も上からのトップダウンの民主主義。その手法が小気味いい、という人もいるが、毛嫌いする人も多い。

一方、原発の是非の国民投票は下からの民主主義。市民が語り合いながらあるべき姿を模索する西欧型のスタイルだ。日本人は政治に無関心で丸投げだから西欧スタイルは不向きだった。でも臆病だから、上からの民主主義を好むけど、強いリーダーシップには強いアレルギーを示す。

ただ思う、日本は3.11以降、じわじわと下からの民主主義が根づきつつあるな、と。
ほんの少しだけど、灯りが見えるような気がしてきた。

いつだって主権は国民だ。主役は市民だ。






東日本日本大震災から10か月、「3.11以降日本は変わった」って言われるけど、本当だろうか?僕は決して3.11で日本は大きく変わったんじゃなくて実はだいぶ前から日本はおかしかったんだと思う。

政・官・財・マスコミ・アカデミズムの5角形による電力マフィアが牛耳られていたこの国のエネルギー政策。これには実は一部右傾政治家の日本の核開発という野望が見え隠れしている。

厚労省の村木さんの冤罪事件や小沢元代表をめぐる司法の暴走も異常だ。先進国でこれほど逮捕後の勾留日数が長い国はない。検挙語の有罪率99.9%。弁護士の付き添いはおろか捜査の可視化さえ認めない国は先進国では稀だ。

さらに誰が聞いても異様な100年安全という年金制度。この国で最も人口が多い層は団塊の世代で、この団塊の世代がいよいよ年金を払う時代から、年金を支給する時代に突入する。ちなみに100年前の1910年日本は日韓併合を断行した年。朝鮮総督府設置.
初代総督は寺内正毅だ。100年安心なんて言葉がどれだけいい加減なものなのか、実は心ある国民の多くは知っていたはずだ。今頃知らなかった、ではないだろう?うすうす感づいていた。いや知らなかった振りをしていたのだ。

消費税の前の公務員削減、ムダの削減、埋蔵金だって多くの国民は無理、特に連合を支持母体に持つ民主党に出来るはずがないと気づいていた。そしてその通りになった。

3.11の前の時点で、実は東北の農業や水産業はすでに衰退していた。あまりの効率性の悪さに後継者が育たず、このままでは立ちゆかないと言われていた。だから3.11前に復興させたとしてもそれは衰退の坂道を下ることに変わりはない。じゃあどうするんだ?

国債だってそうだ。少子高齢化になれば国内の消費はさらに冷え込む。老人たちは銀行から預貯金を下ろして食いつなぐ。そうなると金融機関は手持ちの国債を売って資金調達せざるをえない。国債がやばい。

これらはみんな3.11から分かっていたことなのだ。でも僕らは気づかないふりをしていた、いや一部では警告を鳴らしていた人もいたが、多くの国民は耳を塞ぎ、目を閉じていた。新聞メディアはいつも戦国武将の紹介のように政界の政局を面白おかしく伝えていた。しかし3.11以降、もう隠せなくなった。ああやっぱりって。今まで知らなかった国民も気づいてしまった。そしてついに大手メディアも現状を認めざるを得なくなった。

今回の福島第一の原発事故でも実は安全神話は崩壊していない。むしろ完全に崩壊すればよかったのだが、中途半端に崩壊したのだ。。だからこそ「世界一安全な原発を目指そう」というスローガンのもとにベトナムに原発を売り込むことをやめようとしなかったり、運転開始後40年は原発を運転し続けようとしている。「除染」っていうけど、正確には「移染」、「汚染の移動」だよね。そしてどこに持って行っても20万年管理し続けなければいけないんだ。

根本的な問題は少子高齢化と、高度成長期の成功体験が強すぎて、この日本という制度、仕組みが立ちゆかなったこと。これは総理がかわろうと、政務次官が変わろうとどうすることもできない。家康以來と言われた名君のほまれ高い徳川慶喜だって江戸幕府は変えられなかった。仕組みを変えるには大きな犠牲が伴うのだ。

ひとつ大きく変わったとするならば、3.11を境に、福島の原発事故で地球環境が大きく変わったことだとすれば、あまりにも皮肉な出来事である。


 大阪市長選、府知事選は大阪維新の会が圧勝。
自民、民主、共産党まで相乗りした現職が負けたのだからこれは民意だろう。
民主党の偽印は選挙の怖さを思い知らされてこれで当分解散はできなくなったのではないだろうか?

よく橋下氏のことを独裁者というが、今の議院内閣制の日本で独裁など現実的にはできない。独裁とは軍を掌握し、警察組織まで直轄するものだが、先進国は限界がある。特に地方自治の場合なら独裁など無理。みんな言葉遊びに囚われている。維新の会の重要なポイントは独裁ではなく既得権打破だ。

今回も橋下氏へのバッシングは凄まじかった。あれは既得得を剥がされることへの反乱だ。公務員、農協、特殊団体、天下り、教育団体、マスコミだってそうだ。

反対に橋下氏を支持する層は既得権打破。しかし多くの場合普通のサラリーマンでも既得権打破は痛みを伴う。間接的な影響を受けて、自分が失業するかもしれないし、給料が減るかもしれない。

我々だって覚悟しないといけない、そんな時代なのかもしれないと思った月曜の朝。





民主党の事業仕分けがまた始まった。
さっそく毎年1000億円もかかるもんじゅの存続に対して、これまでのお金を無駄にしたくないから廃止はない、など相変わらずなやり取りをしている。

以前は拍手喝采だった事業仕分けの3つのメリットを改めて考えてみた。

1.善と悪がわかりやすく対立していた。2.意思決定がオープンだった。3.そしてなによりスピーディーだった。

その後の民主政権、特に3.11以降の原子力政策に対する政策を見ると、1.に関しては枝野大臣の詭弁に満ちたコメント、2.今頃になって続々と出てくる隠蔽された放射能汚染情報、3.年金などの社会保障費や財源の見直し、公務員制度改革、ムダ削減などなにも決まらない(決められない)迷走ぶり、すべて国民の機体は裏切られている。そもそも党内でさえ挙党一致できないのだ。これで今さら仕分けをやってもダメだろう。
それも法的には根拠無く、提言に留まる、とは、いやはやなんと。

事業仕分けとはなんだったのだろうか?パフォーマンスだったんだろうなあ。





 ■・4年間でマニフェストを実行する    ⇒■嘘■    
■・埋.蔵.金を発掘します           ..⇒■嘘■     
■・公共事業9.1兆円のムダを削減    .⇒■嘘■     
■・天下りは許さない             .⇒■嘘■     
■・公務員の人件費2割削減        ⇒■嘘■     
■・増税はしません              .⇒■嘘■     
■・暫定税率を廃止します          ⇒■嘘■
■・赤字国債を抑制します          ⇒■嘘■
■・沖縄基地は最低でも県外に移設   ⇒■嘘■
■・内需拡大して景気回復をします    .⇒■嘘■
■・コンクリートから人へ          .⇒■嘘■ 
■・ガソリン税廃止              ⇒■嘘■
■・消えた年金記録を徹底調査      .⇒■嘘■
■・医療機関を充実します         ⇒■嘘■
■・農家の戸別保障             ⇒■嘘■
■・最低時給1000円             ⇒■嘘■
■・消費税は4年間議論すらしない    ⇒■嘘■


 今さらなんだけど、日本のメディアはニュースをネタ化する。TPP、原発の是非、消費税の論議、尖閣諸島の領土問題、沖縄基地問題・・・。その都度新聞や週刊誌はネタのように取り上げるが、でも喉元過ぎればおしまい。特に政界の権力争いが大好きで、国際問題に関しては関心が薄い。いつも僕はそんなネタ化に違和感をいだいていた。なんだろう?と。

でもなんかわかったような気がする。結局日本ではメディアも国民も明確な将来のビジョンや思想信条を明らかにしないのだ。全ては総花的で八方美人。メディアはおそらく右に光を当てれば左からのクレームをおそれ、無難になるのだ。でなければ読売新聞のように1000万部という世界で一番の発行部数など売れるわけがない。もっと乱暴に言えば日本のメディアは「無難の追求」なのだ。特にスポンサーや特定団体からのクレームを恐れるテレビがそう。視聴者のテレビ離れはこのおばさまの井戸端会議のような無難さにうんざりしているのだ。

今まで、少なくとも昭和の時代まではよかった。日本は多民族国家ではなく、民族や宗教観の対立が諸外国に比べ圧倒的に少なく、国民の8割は中流と答えていた。そこまではよかった。多くの国民はかなり同じベクトルを向いていた。そしてなによりも右肩上がりの経済成長を実感できた。しかしバブル崩壊後、リーマンショック後、そして3.11で日本は確実に変わった。もう二度と国民の8割が中流と思える時代はこないだろう。働く女性の70%が年収300万円未満、25%が非正社員だそうだ。男女格差。年収格差。地域格差。そしてもっとも深刻なのは世代間格差。それぞれのポジションでは当然主義主張は異なる。

TPP、原発の是非、消費税の論議、尖閣諸島の領土問題、沖縄基地問題、それぞれにネタごとに小さな議論で盛り上がる日本のメディア。バラエティ番組に目くじら立てるのは大人気ないかもしれないが、ビートたけしのTVタックルなど典型。それぞれのネタについて政治家や評論家が上辺だけを説明し、誰かが必ずチャチャを入れ笑いを取る(バックに観覧者の笑いが入るのがうすら恐い)。やっと議論が盛り上がりそうになると次のネタへ。一度でもいいから取り上げた問題についての施策を国会で議員立法かけろよ、と思うがそんなことは絶対にしない。まるでサロンの井戸端会議だ。ネタなのだ。ただのネタであって、多摩川や荒川にアザラシが出没したり、AKBのジャンケン大会や天才子役のCM発表会、あるいはデパチカの食べ放題と同じレベルなのだ。

政治家だって個々の問題に関しては説明するが、そもそもこれからの日本のどうしたいかなど根本的な議論を避ける。ビジョンを語ろうとしない。もし語ったとしても「誰もが幸せで平和な世の中を」など具体性のない絵空事のファンタジーしか話さない。話せないのだ。日本の人口ピラミッドを見れば、日本の国民生活がこのままでいられるわけがない。インドや中国の台頭の時代にどう考えてもこれから税負担や雇用、経済成長、社会福祉などもっと厳しくなるのは必須だ。党議拘束があるからなのか、あるいは将来のことなど思い描けていないのだか、あるいはそんなもの真面目に語ったら誰も投票してくれないからか。もちろん有権者にも問題あるだろう。マスコミはネタしか提供しないし、有権者は知りたい情報しか入手しようとしない。知らねばならない情報をマスコミは提供せず、有権者も見向きをしない。

多くの意見が通りやすいのが民主主義だとしたら、超少子高齢化の日本では老人の意見が国政に反映されるのは火を見るより明らかだろう。日本は少数派に冷たい国だ。弱者はさらに厳しい状況にさらされるだろう。金持ちやインテリ層は海外移住できるが、社会保障受給者など弱者は国内にとどまることしか出来ない。原油が産出されない日本では今後もどう考えても貿易をしないと生活できない。思想信条というと、右翼、左翼、親米、嫌中韓などカテゴリー間の対立ばかり先行するが、もっと将来の日本をどうしたいかについて語ろうではないか。

遠くを見ようよ、もっと遠くをさ。




 野田首相が昨夜交渉参加の決意を表明した環太平洋経済連携協定(TPP)。
確かにその内容はあまりにみにくく、アメリカの意図が丸見えなのだが、それでも日本は自由貿易を続けないといけないと考える。

おそらく農業は打撃を受けるだろう。それは日本の第一次産業があまりにも効率悪いからだ。
おそらく日本に安い食料品や製品が輸入され、ますますデフレが続くだろう。雇用問題もさらに悪化するだろう。
おそらく国内の1/4と言われる法人税を支払う黒字会社(儲けを出している会社)はさらに海外進出を加速するだろう。
おそらく優秀な人材はこんな老人と社会保障受給者が多い日本を見捨てて世界に進出するだろう。
そしておそらく日本はかつて繁栄したけど今は年寄りだらけのフツウのアジアの仲の一国になるだろう。

それでも原油が産出されない日本は貿易を続けないといけない。まだ経済発達が見込まれるアジアに隣接しているのは恵まれている。

本題とそれるが、マスコミが「いまなぜTPPなんだ?唐突過ぎる」。国民が「分かりづらい。もっと議論を」と行っているが、それは日頃から報道してこなかったマスコミと、いつも受身で火事が起きても皮膚に火が接触して熱い!と感じないとわからない政治に無関心な国民が原因だと気づいていないのだろうか?









以前、別の部署の課長で戦国武将が大好きな人がいた。それも「信玄も謙信も川中島で戦っていないで信長みたいにさっさと京に上がればよかったのに」とか「光秀も甘いな。秀吉の行動力なら備中から10日あまりで京に戻ってこれるのに」とか、後出しじゃんけんのような結果論を振りかざすおちゃめなオッサンだった。そしていつも決まったように「家康はやっぱすごいよ。やっぱ徳川300年だけある」と褒めちぎった。究極の後出し男。

一方、今の時代、歴女と言って若い女性の間でも歴史好きが増えている。やはり基本には戦国武将や新選組の隊員など基本はキャラクターラブだ。決して美術史や仏像鑑賞、あるいは当時書かれた一次資料の分析なんて地味な作業よりも、伊達政宗や真田幸村、石田三成、長宗我部元親などのキャラクターをゲームやコミックで楽しむ、そんな人気の方が高い。戦国武将はすでに全員死亡しており(それも悲劇性の高い死亡の方が人気が高い)、余程のことがない限りクレームもこないからそれぞれ好きなキャラクターになって再生されている。

さて、読売新聞の総帥、主筆の渡辺恒雄は新聞記者として大野伴睦のバンキシャをしていた。大野伴睦といえば自民党の実力者であの岐阜羽島に新幹線の駅を作った元祖利権談合の大物政治家だ。その後ナベツネは中曽根とも交流を深めた。実は新聞のバンキシャと政治家関係で、記者はその政治家からトクダネをもらった見返りとし、議員は政策実行や国会対策の資料を記者に依頼したりと双方でズブズブの関係に陥りやすい。そうやってナベツネも読売新聞社内でも出世するだけでなく、政界にも顔を利かせた。

そうなると昔の大平、福田、田中など政治 家同士の対立はやがてバンキシャ同士の対決にもなる。中性公平の報道なんて関係なく、自分の担いでいるおやじをガチで応援するのだ。もちろん勤務先の新聞社もそれを黙認、あるいは積極的に支援していた。

インターネットの時代になって、政権交代が起きて、大震災が起きて、原発事故が起きて、新聞テレビの一番の違和感は、いつだって政局の話題が報道の中心になるということだ。福島第一の事故は一向に収束のめどが立たないのに、菅さんの次は誰だ、とか鳩山まんじゅうがどうしたとか、野田財務大臣は小沢一郎の時に落選したから小沢に怨念をいだいているとか、 まあ、そんな話題だ。基本はキャラクター、政策など二の次なのだ。このバンキシャの特性を知って新聞やテレビを見るともうバカバカしくて見る気が失せる。

歴史好きの後出しオッサンも、歴女も、基本はキャラクターが好きなのだ。そして報道を司る新聞記者は実は身内のバンキシャの応援団とかしている。さらに記者クラブと言って応援団たちだけの閉鎖された組織を作り、外国メディアやフリーの記者を閉めだしてきた。

僕は最近思う。本当に情報公開をしたら、新聞記者はもちろん、一般の国民は本当は情報公開なんて望んでいないのではないだろうかって。もちろんそれはおそらく長い目でみたら間違いなく日本のためになるのは間違えないのだが。

キャラクター、人物描写だけで本当にいいんですか?キャラクターラブは死んだ者へのノスタルジアにだけにしてほしいと僕は思う。


政治の話を書く。

よく「民主党には「綱領」がない」とよく言われるが、結局は人気取り、世論調査の数字が彼らの唯一の指標なのであって、元自民党、元社会党など寄り合い所帯の民主党にはこれといったポリシーとか長期計画なんてないんだ。これは政権維持を唯一の旗頭にする自民党も同じ。民主党のポリシーがあるとすれば政権奪取。すでにこれは達成した。僕は増税論者じゃないけど、先日の消費税増税だって10%を明言する直前で結局は選挙に勝てないからと先延ばしした。決められない、いや決めないのが民主党政権の正体だ。

蓮舫だって強気で言いっぱなしの仕分け作業がウケたら、ずっとあの調子。あの成功体験はあの時はすべて国民の前にオープンで公開したのに、今回の原発の事故、あれはなんだ。細野豪志補佐官にいたってはバカ正直に「国民に不安を与えたくなかった」としゃーしゃーと弁明している。もう民主党政権を信じる人は少ないだろう。

僕はずっと民主党にはインテリによくある素直さ、誠実さが足りないって思ったけど、そもそもポリシー、哲学がないのである。そんじゃうまくいくわけがない。自民党と真逆をやればいいって、結局360度回って元にもどちゃった。むしろあの社民党の方がポリシーあるだけいい。民主党の大衆迎合はみのもんたや古舘伊知郎の番組が大好きなこの国にふさわしい。

日本は老人の国。変わることが大切と言いながら、実は自分が変わることが大嫌いな怠け者の国だ。これは老人はもともとも逃げきり体質で保守的だからしょうがない。言う事と選択することが真逆で分り易ことしか見ようとしないし、聴こうとしない。なんだかんだ言ってもお国の指示通りに従ってあとで文句をいうのが楽だもん。

民主党政権とは何だったのだか?それは見ざる言わざる聴かざることが大好きな(逃げきり世代の中高年が多い)日本人が選んだ虚構の政権だったのではないだろうか?虚空な国民を映す鏡のような政権なのだ。この政権に未来はない。

さて、現在の日本の宿題についておさらいしよう。増え続ける社会保障費。膨れ上がる財政赤字。沖縄の米軍基地問題。原子力の廃止とエネルギー政策。増税。雇用問題。TPPと日本の農業の将来。地方の貧困と過疎化。アジアからの移民受け入れ。格差が生じる教育問題。まさに難問山積み。

では、文句はもういい。日本に政治はどうすればいいのか?について考えてみたい。僕は未婚、子育てなど若年層の声を取り入れて将来を見据える政権を応援したい。数から言えば老人党に勝てないだろう。しかし昭和の老人達はやがて消える。今の既得権益を打破して次の世代を考える政権を応援したい。たとえ数は少なくても、だ。日本の最大の問題は昭和の老人達の既得権益打破、これに尽きる。新聞やテレビでは絶対に書かないだろうが。

そのためにはとにかく市民は見ざる言わざる聴かざるをやめること。市民が立ち上がって自分の意見をもつこと。異なる意見でもまず尊敬を持って聴く。異なる意見を聞けることは実はとても大切で貴重なことなのだ。そして政府の異常な行動にはノーと意思表示すること。とにかく最低限でも投票に行くこと。選挙の棄権は現政権の白紙委任状なにものでもない。

今度、駅や繁華街で政治家が演説をしていたら、勇気を出して礼節を持っていろいろ質問したいと思う。小さな行動から始めたい。くれぐれも「与党もダメ、野党もダメ。我々国民はどうしたらいいのでしょうか?」などぬかす無能なキャスターのようにはならないようきをつけたい。

今は非常時。沈みかかったタイタニックで、貴方はすべてを忘れて踊り続けますか?救命ボートの準備を始めますか?


 しかし、いったい私は辞めると明言してから信任される最高指導者ってなんだろう?
さらにその日の夜の事実上の続投宣言・・・。とても先進国の話ではなくて、これはもう発展途上国の独裁者そのもの。見ていてとても見苦しい。

民主党は鳩山さんの私財を主な資金として設立した政党。その鳩山さんが菅総理のプライドを守りつつオーナーとしての実力を発揮しようとしたのであろう。鳩山氏の価値判断の最大の優先度は被災地でも原発事故でなく、自分が作った民主党が崩壊しないこと。菅総理の最大の優先度は権力の座に居座ること。国民の方などまるで向いていない。

だからいっそ昨日もガチで不信任を採決すればよかったのだ。もし不信任案が通れば、この時期に総選挙をやればよかったのだ。被災地では住民基本台帳が失われて選挙などできないが、己の権力闘争のために避難所のある選挙区(安住国対委員長は宮城5区)で選挙カーを走らせ連呼をやればいいのだ。

そうすればそれがどれだけ愚かなことなのかやっと国民の目にもわかるだろう。この国は一度地獄の底を見ないと意識が変わらないのではないだろうか?結局鳩山さんの温情とうぬぼれは裏切られ、さらに民主党は混乱する。現在の民主党政権ではわずか十数名の議員が秘密裏に国家を運営している。メルドダウン、スピーディ、水注入、全部隠蔽していた。

仙石、枝野ラインは弁護士だが、憲政史上弁護士が官房長官になったことはない。弁護士は弁護人を守るために時に詭弁と思えることさえも言い出して法廷闘争を繰り広げるが、この異常さはまるでこの法廷闘争以上だ。

一体どんな発展途上国の独裁国家だよ。今こそ市民は立ち上がらないと。